醸造家は今日もビールの夢を見るか

五感と経験とデータが、ビールの味を守る道しるべ
醸造家は今日もビールの夢を見るか 第2回

2017年7月24日

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クリーミーな泡、輝くような色、芳醇な香り、そして深みのある味――マスターズドリームは、グラスを近づけてから喉越しまでの「感覚」に訴えるビールだ。この味を生み出す醸造家もまた、日々、五感を駆使してマスターズドリームの出来栄えを確かめている。「醸造家は今日もビールの夢を見るか」第2回は、醸造家がどのようにビールの味を守っているのかに迫る。

午前10時30分。サントリービール・〈天然水のビール工場〉群馬・利根川ブルワリーにある一室に、数名の醸造家が集まる。彼らはグラスにビールを注ぎ、そのグラスをゆっくりと回し、香りを確かめ、そして口の中に流し込んだ。

「ホップの香りが、昨日のものよりも華やかだね。わかる?」

この中のリーダーと思しき醸造家が問いかけると、若い醸造家は再びグラスを顔に近づけ、先ほどよりも注意深く香りを確かめてから、頷いた――。

彼らが行っているのは「官能検査」。五感を使いビールの品質が保たれているかを毎日厳しくチェックするものだ。

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「キャリアの浅いうちから、泡の良さや香り、味、さらに喉越しなど、すべてを判断することは、やはり難しい。では、どうするか? 私が若い頃も、彼らと同様に上の人の味や香りに関する言葉を聞いて、それがどんな味、香りかを再確認する、ということを繰り返していました」

先ほどの"リーダー"角井達文は、そう話す。サントリービールの中でも最も規模が大きいビール工場、〈天然水のビール工場〉群馬・利根川ブルワリーで醸造技師長を務める角井は、ビールの品質を守り、そしてより「うまい」ビールをつくるために、日々、いたるところに目を光らせる醸造家だ。

■数値だけでビールをつくることはできない

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官能検査で香りを確かめる角井。「外でビールを飲むと、サーバーをきちんと洗浄していないお店は気になってしまう。ある種の"職業病"かもしれませんね」と笑う。

ビールづくりの工程では、ビール自体から製造の管理までさまざま場面でデータが重視される。それらのデータすべてを商品ごとに厳しく定められた基準の中に収めなければならない。

角井は「もちろん、データは大切です」と前置きしつつ、それだけではビールを完成させられないと断言する。

「違う生産ロットながら、まったく同じ分析データを表す2つのビールがあるとしましょう。しかし、実際に飲んでみると味は違うということは多々あります。それでも、私たちは変わらぬ品質をお客さまに提供しなければなりません」

だから官能検査が必要なのだと、角井はいう。そして、五感だけで味、香りの違いすべてを把握するためには、冒頭で述べたように経験も不可欠だ。

官能検査を行うにあたっては、毎日の生活にも気を使わなければならない。

「醸造家によって気を配る点は異なるかと思いますが、私の場合は朝食に刺激物を取らないようにしています。より具体的にいうと辛いものを取らないということで、食べてしまうと味覚が狂ってしまうんです。同様に、コーヒーも飲みませんね。検査するときに、嗅覚がおかしくなってしまいますので」

また、検査は正午前と夕方の2回に分けて行われるが、これにも理由がある。味覚や嗅覚は空腹時の方が敏感になるためだ。一般の消費者が気づきにくい微妙な違いを見分けるには、五感がベストな状態で検査に臨まなければならない。

もちろん、ビール以外のお酒でも官能検査(日本酒)、テイスティング(ワインなど)はある。しかし、角井は「ビールの官能検査は、ほかのお酒と大きく違う部分がある」と述べる。

それは、お酒を喉に通すか否か、だ。

「ワイン、日本酒のテイスティングで、テイスター(評価する人)が口に含んだお酒を吐き出すシーンを見たことがあるという人もいるかもしれませんね。でもビールの官能検査の場合は、そのまま飲みます。なぜか? ご存じの通り、ビールは香りや舌の上で感じる味だけでなく、喉越しや後味も大きな要素です。とりわけ、マスターズドリームは深い余韻が特徴ですよね。それらは、実際に飲まなければ確認できないのです」

醸造家は、文字通り「五感を研ぎ澄ます」日常を送り、そして味を確かめる。私たちの知らないところで、それが毎日、行われている。

■醸造家のコミュニケーション

ところで、あなたが「醸造家」という単語を聞いたら、どんな人物像を思い描くだろうか? 寡黙にビールづくりに励む、といったイメージを持たれる人も少なくないかもしれない。

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現場が好きだという角井は日々、各工程に足を運ぶ。「マスターズドリームが開発から現場の手に移るときは、銅製循環型ケトルのチューニングに手間をかけました。小規模での生産となる開発でうまくいったことも、現場のスケールになると予想外のことも起きるんです」(角井)

しかし、角井の説明に耳を傾ければ、それは醸造家の1つの側面でしかないことが理解できる。

「若いスタッフに伝えるときもそうですが、醸造家同士で評価し合い、確認し合いながらでないと、良いビールはつくれません。コミュニケーションは、とても重要です」

官能検査にしても、この〈天然水のビール工場〉群馬・利根川ブルワリーでつくられたものだけでなく、武蔵野、京都、熊本とすべてのサントリービールの工場でつくられる商品を毎日チェックする。もし、検査で問題に気づけば、互いに指摘し合う。つまり、ここでも醸造家同士のコミュニケーションが行われているのだ。

「そうやって、お互いにつくったものを見ながら美味しいビールをつくっていこう、ということです。また、ネガティブな指摘だけでなく、ポジティブな『この香りがすごく良かった』などといった話も、ほかの工場の醸造家にする場合もありますね」

もちろん、工場内でもコミュニケーションはとられる。角井は、仕込み、発酵などの現場に顔を出す。単に様子を見て、指示を出すだけではなく、現場の意見も吸い上げる。

「醸造家の使命は、ビールをいつも変わらぬ品質でお客さまに提供すること、また現状より美味しくつくり込むための研鑽(けんさん)を怠らないこと。ただ、そのためには現場の人々がきちんと働ける環境をつくらなければならない。技師長、部門長といった立場の人間は、そうした環境づくり、コミュニケーションに気を配ることも、大切な仕事の1つなんです」

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真剣な空気が流れつつも、醸造家の間で味・風味に関する会話が交わされる中で行われる官能検査。「この順番じゃなきゃいけないという決まりはないんですが、私はビール、新ジャンル、ノンアルコールの順番で検査しています」。

最後に、角井に「醸造家にとって、一番嬉しい瞬間は?」と聞いてみた。

「そりゃあ、やっぱり私たちのつくったビールを、美味しそうに飲んでいるお客さまの笑顔を見たときですよ」

飲んだ人の笑顔を再現するかのような表情を、角井は見せた。

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