醸造家は今日もビールの夢を見るか
2019年4月 4日
前編でマスターズドリームの誕生秘話を明かした3人の醸造家。さらなる高みを目指すため、月に1回は顔を合わせるという彼らだが、それでも話はまったく尽きない。後編は、「醸造家はみんな頑固」という言葉によって、若き日の醸造家・角井と丸橋の出会いから話が始まった。
中村洋詩(以下、中村):前編の最後に、醸造家の性格は頑固、という話が出ました。私も先輩方を見て多分に実感するところですが(笑)、丸橋さんが最初に配属された群馬・利根川ブルワリーでは、角井さんの下につかれたんですよね?
角井達文(以下、角井):そうそう。性格でいうと、丸橋は本当に変わってない。(丸橋と目を合わせながら)若い頃から頑固だったよなあ。
丸橋太一(以下、丸橋):そう思われてしまうのは、自分なりによく理解しているつもりです(苦笑)。新入社員の頃、「ここをこうした方が、もっと良くなると思います!」なんて自説を話すことがよくあった。当然、入ったばかりの素人の意見であるから、角井さんは私の間違っているところ、ひとつひとつを指摘するわけですよ。
角井:まあ、私も丸橋と同じで、思ったことは口に出すタイプだからね(笑)。
丸橋:で、いわれた私は工場の片隅でしょげる日々が続いていたんです(笑)。
角井:「頑固」といったのは決して丸橋への文句ではなく、むしろ技術者として、醸造家として必要不可欠なことだと私は思っています。指示をそのまま行動に移すだけなら、それは私も丸橋も楽だったかもしれません。でも、意思をちゃんと持っていれば互いに新たな気づきに出会うこともあるし、醸造家として1人立ちしてからは、進むべき方向を見失いませんからね。
中村:また、おいしさを追い求めていくとなると遠回りも多くなってくるので、意志の強さは必要ですよね。
丸橋:ただね、先ほどいった自説というのは、一個人の、ただの「発想」に過ぎないんです。それが「仮説」や「推論」として認められるためには、こちらの考えを相手に理解してもらえるような説明をしなければならない。そうすると、自分から必要なことを調べたり、説明のときに表やグラフを使ってみたり、となりますよね。そこを鍛えられたのは、角井さんの下についたからこそだと、今になればわかります。当時は、大変だ、と思っていましたが(笑)。
角井:前編の最後に話が戻るけど、中村もなかなか頑固。
丸橋:ええ。その上で「何があっても目標にたどり着く」と思っているのか、脇目もふらずに突っ走ってくれるところがある。全体の流れから見ると、そのスピードが早すぎたり遅れていたりするときもあるけど、迷いなく突き進んでいるように感じますね。
中村:そうですか。自分ではあまり意識したことがなかったなあ......(笑)。正直な気持ちをいうと、迷っているときの方が多いんです。醸造家はやはり仕事、工程の1歩先、2歩先まで考えなければいけないし、自分に求められていることを達成するにはその道筋が何パターンもあったりしますよね。そこで、満足できるビールをつくるためにはどう進んでいけばいいんだろう、といつも悩んでいます。
角井:データだけでビールをつくれるわけではないからね。今、中村がいったような悩んだ末の経験を蓄積していくことが、醸造家には不可欠だと思いますよ。
「最近は『味覚センサー』といったものも登場していますが、実のところ人間の味覚は科学的に解明できていない部分の方がまだ多い。決して簡単ではないですが、そうした数値などでわからない部分を探っていくのも醸造家の勝負どころです」(角井)
中村:マスターズドリームの話に戻ると、これまでシングルモルトウイスキーである山崎の樽でビールを熟成させた〈山崎原酒樽熟成〉、熟成を終えたそのままの状態でお客さまに提供する〈無濾過〉など、さまざまな展開がありました。5月には新たに「マスターズドリーム 〈山崎原酒樽熟成ブレンド〉」3瓶とマスターズドリーム3瓶が詰められたアソートセットも発売されます。
丸橋:2015年のマスターズドリーム発売より前の時点では、ここまでできるとは考えていませんでしたが、それでもいろいろな可能性を持ったビールであるということは、開発の頃から感じていたことです。
角井:その話でいうと、丸橋から「〈無濾過〉をつくります」と聞いたときは、本当に難儀なことをいう、と思いましたよ。
丸橋・中村:(笑)
角井:もちろん、やると決まったことはやるし、私としてもチャレンジ精神が湧いてきます。ただ、大規模な工場で無濾過のビールを出すというのは、本当に難しいことなんですよ。これはサントリーに限らない話だと思いますが、濾過という工程のある前提で、一連の設備がつくられていますからね。
丸橋:そこで、角井さんをはじめとした生産の人々は、最初の頃、人の手と目をフルに使って無濾過のマスターズドリームをつくるのに取り組んでくださったんです。
角井:無濾過を念頭に置いているわけではない設備でつくるわけだから、それしか方法がなかった。ずっと機械に張り付いていました(笑)。
丸橋:〈ダイヤモンド麦芽の恵み〉のときはどう感じられましたか? 麦芽の味わいをしっかり残しつつも、ビールに最低限必要とされるすっきりさも両立させなければならなかったので、角井さんもご苦労されたのではないかと思ったのですが。
角井:「まあ......〈無濾過〉のときよりはキツくはないか......」という感想でしょうか(笑)。やっぱり大変でした。
鼎談の中にもあった角井と丸橋がともに利根川で仕事をしていた過去のほか、角井の海外出向先の後を引き継いだのは中村であるなど、拠点は異なるもののさまざまな部分で接点を持つ3人
中村:普段、社内の重要な会議でも、醸造家同士で話しているときでも、お2人(角井と丸橋)はいつも同じように自分の率直な思いを伝えていますよね。今日、話していてあらためて感じましたが、こうした先輩の情熱は見習いたい。
角井:情熱は私より丸橋の方が勝っていると思うなあ。〈無濾過〉や〈ダイヤモンド麦芽の恵み〉は大変だったといったけれど、開発のときだって同じくらい......いやそれ以上の厳しさがあったかもしれない。そんな壁を突き破って、新しいことにチャレンジする情熱、熱意はすごいと思いますよ。
丸橋:私も角井さんに対して同じ印象を持っていますけどね。突進力が半端ないといつも思ってますよ。
角井:え? 突進力はやっぱり中村の方が強いでしょう。
中村:いやいや(笑)。先ほどもいったように、悩んでばかりです。
丸橋:でも、中村のような私よりは若い醸造家でなくても、悩みはずっと続くはず。マスターズドリームは発売から丸4年経ったと冒頭で話がありましたが、商品が世に出たときは「これでできた!」と思った。そして多くのお客さまからのご支持もいただくようになったけれども、今、過去を振り返り、同時に未来を見てみると、まだ完成とはいえないんです。実際、ここにいる私たちも、最低でも月に1回は集まって、ああでもない、こうでもない、と議論しているわけですから。やっぱり完成、終わりだとは思っていないから、そうやってみんなで悩み、考えているんですよね。
中村:私も議論の場に出させてもらって、どんどんと美味しさの追求をしていかなければならないんだな、と実感しています。高いハードルがさらに高くなっていくと思うこともありますが、そこは力を入れて乗り越えていきたいです。
角井:生産の部分でいえば、やはりどういった状況でも美味しいビールをつくることに尽きますね。工場の設備は大切に使っていかなければならないけど、それを人間が使いこなしてこそ、ビールはできるんです。さまざまな要素を自分の目でたしかめ、試しながら、さらなる美味しさを追求したい。
丸橋:結局、みんな「まだまだできるんだ」という思いが強いんですよね。
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