醸造家は今日もビールの夢を見るか

手間がかかる麦芽だからこそ実現できる「本当の美味しさ」 第5回

2018年3月 9日

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漢字で「麦酒」と記されるように、ビールの主な素材は大麦を発芽させた麦芽だ。中でもマスターズドリームは、チェコ、および、その周辺国が産地となり、生産量も稀少な「ダイヤモンド麦芽」を採用している。今回の「醸造家は今日もビールの夢を見るか」は、醸造家・熊谷武士がダイヤモンド麦芽の秘密を語る。

「酵母がしっかり働いてくれるよう面倒を見るのも私の仕事のひとつ」
「このアロマホップがいてくれるからこそ、良質なビールをつくれるんです」

サントリーの醸造家たちと会話すると、原料をまるで自分の家族、あるいは、大切な相棒であるかのように親しみを込めて説明する。

「私なんて、この世界に足を踏み入れてから10年ほどしか経っていない。登山でいえば、まだ富士山五合目にも行かないくらいですよ」と謙遜ぎみに自己紹介する醸造家・熊谷武士もまた、麦芽に強い愛着を持っていることを隠そうとはしない。

「この子たち......『ダイヤモンド麦芽』は、正直にいえば扱いづらいところもあります。というのは、一般的な欧州産麦芽に比べて硬い構造のため、旨みを引き出すのが難しいんです。しかし、きちんと手間をかけて旨みを出せれば、ほかの麦芽では実現できないほど美味しいビールをつくることができる。それだけのポテンシャルを持っているのが、ダイヤモンド麦芽なんです」

マスターズドリームの原料となるダイヤモンド麦芽は、「ディアマント」という大麦の中でも伝統的な品種を系譜とする。ヨーロッパで生産されるすべての麦芽のうち、その割合はわずか4%程度に過ぎないという非常に稀少な原料だ。

なぜ、マスターズドリームをつくるためにはこの麦芽でなければならないのか? 旨みを引き出すために、醸造家たちは何をしているのか? 熊谷に聞いた。

■大麦や麦芽の生産者にも「美味しい」といってもらえるビール

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現在、商品開発研究部に身を置く熊谷の経歴をたどると、サントリー入社後、ビール工場、生産部を経て、昨年までドイツ・ミュンヘン工科大学ビール醸造学科に留学していた。

そのミュンヘンから北東へ足を向けると、200kmに満たない位置に国境線が引かれている。ダイヤモンド麦芽の主な産地である、チェコとの国境だ。

「ビール大麦(二条大麦)は世界で広く栽培されていますが、品種に応じて適した地域や気候があります。ダイヤモンド麦芽の元となる大麦はチェコを中心に栽培される伝統種であり、古くからその土地に根付いて育てられてきました。ですからその大麦を例えば日本に持ってきて栽培しても、同じような品質のものに育つというわけではないんです」

よって醸造家は、チェコでなければ出会うことのできない原料を求めて現地へと向い、大麦をつくる農家や大麦から麦芽をつくる生産者とも直接言葉を交わす。

「収穫の時期に足を運びながら、栽培過程も含め、品質に関するこちらの要望をしっかり伝えています。最高のマスターズドリームをつくるため、難しい要求をすることもありますが、生産者の皆様も、最高品質の大麦・麦芽をつくりたいという誇りのもと、こだわりを持って自分たちの意見を言ってくださいます」

農家や生産者が前向きに仕事に取り組んでくれるのは、マスターズドリームというビールの存在を知っていることも、理由の1つ。熊谷は、彼らとのコミュニケーションを、次のように語る。

「できあがったマスターズドリームを実際に飲んでいただいたんです。最終できあがったビールを味わっていただくことで、『自分たちがつくった大麦や麦芽が、こんな美味しいビールになるんだな』と納得いただき、大変嬉しかったですね。それが先方のやりがいにもつながり、お互いに誇りをもちながら同じ方向を向いて仕事に取り組めています」

こうして、チェコでつくられたダイヤモンド麦芽は日本へと運ばれ、マスターズドリーム、あるいは、ザ・プレミアム・モルツの原料となる。

では、ビールをつくる過程で原料は、どんな働きをするのだろうか? マスターズドリームの瓶を手に取り、ラベルに記された原材料欄を見ると「麦芽、ホップ」とだけ書かれている。日本でつくられるビールの中には、米やコーンスターチといった副原料が使用される場合もあるが、麦芽とホップ、そして水だけを使いビールをつくるというのは、現在でも有効な世界最古の食品関連法令といわれる「ビール純粋令」(ドイツ)に則った製法だ。

こうした素材そのものの風味が出やすい中で、熊谷は「ビールの最終的な旨みを決定づける」のが麦芽の役割だと説明する。

「ホップが主にビールの香りや苦味を生み出すものであるのに対して、麦芽は飲み始めから喉越しまでの、味わいの骨格をつくるもの。麦芽にも特有の香りがありますので、ホップと麦芽のバランスや、旨みを引き出してくれる水や酵母の存在ももちろん大切です。そうした複雑さがビールという飲み物をつくっているともいえるでしょう。ただ、ビールの旨みって何? と考えると、やはり麦芽に含まれるでんぷんやタンパク質が、一番大きな影響を与えているといえますね」

■扱いづらい素材だから必要とされる〝手間〟

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「毎年生産者の元を訪れる際には、大麦や麦芽の状態をしっかり確認します。化学的なデータはもちろんですが、五感をつかった現物確認が一番重要ですね」(熊谷)

しかし先述のように、ダイヤモンド麦芽は硬い構造で扱いが難しい。

そこで、ダイヤモンド麦芽の持ち味を最大限に発揮するため、マスターズドリームをつくる際に行われるのが「トリプルデコクション」だ。

「デコクションとは、簡単にいえば麦汁を煮出す工程のことです。伝統的な製法ですが、生産効率やコストなども重視される現代ではデコクションを行わない『インフュージョン』というやり方を採ることも多いんですね。もちろん、どういうビールをつくるかによって製法も変わりますから、それが悪いわけではないんですが......ただ、旨みやコクをきっちりと出す場合はデコクションが不可欠。それでも、マスターズドリームのように3回もデコクションする(=トリプルデコクション)のは、かなり珍しいケースといえるでしょう」

生産性やコストを犠牲にしてまでトリプルデコクションを行う理由こそ、ダイヤモンド麦芽の旨みを引き出すためである。一般的な製法では、麦芽からのうまみの抽出や狙いとする香ばしさにつながる熱反応が十分とはいえず、「醸造家の夢」の名にふさわしいビールの味、風味には到達できなかった。麦汁を煮出す際の時間や温度など細かな条件を何度も試すという試行錯誤の末、ダイヤモンド麦芽の旨みを最大現に引き出せるトリプルデコクション製法にいきつき、それを実現することができたのだ。

「トリプルデコクション製法と同じく、銅製循環型ケトルでの『銅炊き仕込』もマスターズドリームだからこその工程ですね。ビールの歴史を振り返れば、数百年前の醸造所では銅釜で仕込をするのが普通でしたが、今では扱いやすいステンレス釜での仕込が当たり前となっています。そんな中でも、マスターズドリームの開発において銅釜での仕込にトライしたところ、コクや香ばしさを我々の狙いに近いものにすることができたのです。ただし昔のように銅釜を使うだけでは進歩がありません。銅の良さを生かして、更にダイヤモンド麦芽の旨みが引き出せるよう、銅製循環型ケトルという設備も開発・導入しました。『本当に美味しいものをつくる』、という考えのもとにでき上がったビールがマスターズドリームであり、だからこそお客さまにも心から愉しんでいただけると自信を持っています」

理想のビールを目指すのと同様に〝理想の醸造家像〟を、醸造家自身は思い描く。特に熊谷の場合は、自身が冒頭で述べたように年齢も若く、彼にとっての「未来」という言葉は、潤沢な時間を意味するといっても良いだろう。そうした立場から、自らの将来をどう考えているのだろうか?

「ほかの『家』のつく仕事......たとえば建築家の人たちなどは、いわゆる〝職人の世界〟の中で仕事をされていますよね。職人の世界というのは、一切妥協せず自分の五感をフルに使ってものづくりを進めていくということじゃないかな、と思います。私もそうした職人の人々と同様に、まずは自分が人生をかけて実現したい味をしっかり思い描けること、そしてそのビールを実際に形にするための、最適な素材、製法、現場の醸造条件を、理論と五感からデザインできるようになりたい、という理想を持っています」

そして「まだまだ10年、20年といった時間がかかることですけれどもね」とも付け加える。

ビールとその原料が長い歴史の中で育まれてきたのと同じく、それをつくる若い醸造家も時間をかけながらも日々の成長を遂げている。

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