その逸品ができるまで

創業500年 伝統を守りながら「今」という時代に生きる
――虎屋専務取締役・黒川光晴インタビュー

2018年2月23日

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和菓子は古来より季節や年中行事と結びつき、われわれ日本人の生活にしっかりと根付いている。黒川光晴は、和菓子の老舗として知られる虎屋の次代を担う人物だ。虎屋が5世紀の歴史で育んできたものとは。

「仕似(しに)す」という言葉がある。辞書にその意味を求めれば、〈まねる〉をはじめとして〈先祖代々の家業を受け継ぐ〉〈仕事や商売を長年続けて信用がある〉ことを示すと説明される。そして、ここから変化して生まれた言葉が「老舗」。つまるところ老舗は、歴史を重ねた名店、といった意味にとどまらず、代々行われてきた仕事をまず親からまねて、その上で家督を継承し、自ら創意工夫を凝らしながら周囲の信用を得続ける、という主の姿勢をも表すものなのだ。

今回、こだわりを語ってくれる黒川光晴もまた、老舗「虎屋」で和菓子の未来を見つめながら、自らはいかに仕似せるかを考え行動する。

「TORAYA CAFÉ(トラヤカフェ)の事業を中心に据えつつ、製造の担当者と新たな商品開発を検討したり、お客さまによりお菓子を愉しんでいただくための施策を考えたりするのが、私の仕事です。TORAYA CAFÉとは、和と洋の素材の相性を大切にした、自由で新しい菓子を提供する店。当初は、『虎屋がそんなことをやっていいんですか』というご意見を社内外から頂戴しました。しかしながら、弊社の経営理念は『おいしい和菓子を喜んで召し上がって頂く』。そこで、和菓子をもっと愉しんでいただくには、別の方法、切り口もあるんじゃないか、との想いからスタートしたのがTORAYA CAFÉで、今年でオープン15年になります。多くのお客さまに喜んでいただけるようになりました」

この言葉だけでは先取の精神にあふれた「改革者」と受け取られそうだが、しかし黒川本人は「古くからつくられ続けてきたものをいかに残すか、それをつくっていた室町から平成に至るまでの各時代の先輩たちよりもっとおいしい菓子をつくれるかは非常に大事なことです」と語る。

虎屋は創業してから、5世紀(約500年)を経ている。その歴史の裏側には、代々の当主や職人たちの今という時代に向き合う(挑戦する)姿勢があった。

■17世紀の職人と気持ちが通じ合う

虎屋の発祥は室町時代後期の京都。初代・黒川円仲は「中興の祖」と呼ばれている。

「後陽成天皇御在位中(1586~1611年)から、虎屋が御用(菓子を納める)を勤めていたとの記録が残っています。明治2年(1869年)の東京遷都にともない、天皇にお供して、京都の店はそのままに東京にも進出し、今に至ります」

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ビールはお好きですか、と聞くと「結構好きですよ。濃厚なビールは海外にもありますけど、そこに『透き通った感じ』も加わっているのがマスターズドリームのおいしさだと思います」と感想も教えてくれた。

後陽成天皇の時代からおよそ100年が経った1695年、菓子の絵図と菓銘(菓子の名前)が描かれた、虎屋に現存する最古の菓子見本帳がつくられた。この菓子見本帳もまた、現代まで時代時代の菓子が描かれ続け、そして残されている。

菓子見本帳は、時代が下るにつれ原材料などが記載されるようになっていったが、それでも多くの情報が書かれているわけではない。しかし黒川は、菓子見本帳を手に取り眺めることで、各時代の職人たちと気持ちを通じ合わせることができる、と述べる。その理由を、今もつくられている「雪餅」という菓子を例にとり、教えてくれた。

「名前の通り、雪を連想させる菓子で、真っ白なつくね芋(山芋の一種)を材料にしています。つくられる時期は、雪が降り、つくね芋も採れたばかりの季節である冬。ただ、おいしく召しあがっていただける期間が非常に短く、おつくりしてすぐに召しあがっていただかないといけないんです。菓子見本帳には、雪餅に込めた職人の想いなどが文字で書かれているわけではありませんが、新鮮なつくね芋を使いながらも、本物の雪と同様にすぐにおいしさが消えてしまうはかなさ、その中にある美しさを表現したかったということは、言葉などなくても共感できますよね」

■世界へ目を向ければ、和菓子界はもっと盛り上がる

黒川は〝虎屋らしさ〟とは何か? と聞かれたとき、「濃密さ」であると答える。

「無駄なものを削ぎ落としつつ、素材の良さを最大限に引き出しているという意味です。たとえば羊羹だったら、原材料は小豆と寒天と砂糖だけ。当店の菓子の特徴を『少し甘く、少し硬く、後味よく』と表現しているのですが、定番の小倉羊羹『夜の梅』などはまさにその特徴を体現しているのではないかと思います」

ただ、現代では「少し甘く」の加減が難しいこともあると打ち明ける。

「世界的に、甘いものを控える方が増えている傾向にありますよね。すると今までは程よい甘さだったものに対して『ものすごく甘い』と仰られるお客さまもいらっしゃる......だからといって古くからの製法や味を簡単に変えるのは芳しくないですね」

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「夜の梅」は切り口の小豆を夜の闇に咲く梅に見立てて、この菓銘がつけられた。虎屋を代表する小倉羊羹であり、羊羹としては1819年の記録に残る。

今までの味の方が良いと感じる顧客も存在するからとの理由もあるが、さらに先にも黒川が述べた、その菓子をつくった職人の想いがここでも大切になってくる。

「それぞれの菓子は、職人が意図したことや想いがあって、その味、その形になっているわけです。もし、どこかを変える必要が出てきた場合は、最初につくった職人がなぜこういう菓子にしたのかを、一度立ち止まって考えています。その意図を汲んだ上で、『それでも、やはり変えなければならないね』となれば恐れずに変えることが大切です」

製法の面では、次のようなことがいえるという。

「私もサントリー様の醸造家の方々の想いをウェブなどで読ませていただきましたが、マスターズドリームの場合は伝統的な製法に学びつつも、最新の技術を取り入れられていますよね。菓子でも同じことがいえると思っています。たとえば、羊羹づくりにおいても、昔は大きなヘラを用いて、長時間煉りあげる作業を人の手で行っていました。ただ、このような持続性や安定性を求められる作業は、人の手より機械のほうが優れているので、最適な機械を独自に開発し導入しました。ただ、火入れや仕上げなど、要所要所は職人の経験と五感がものを言います。人の手で、手間をかけなければならない部分は残すべきですが、おいしくするために最新の技術も活用していくことも、伝統ある菓子を守ることにつながります」

黒川にとって和菓子は、「ある程度、完成されつつも発展の余地も大きいもの」だという。では、発展の余地はどこにあるのか? その答えを探るヒントは、コーヒーやチョコレートといった世界中で飲まれ、食べられているものにあると話す。

「こうした飲み物、食べ物が世界的にメジャーなのは、産地が多様で、お客さまの側にも選択の幅が広いからじゃないでしょうか。カフェでよく『本日のコーヒー』とメニューに書いてありますが、産地はキリマンジャロ産、ブルーマウンテン産、コロンビア産......と豊富ですよね。一方、和菓子の原材料はほぼ国産で、つくっているのも食べているのもほぼ日本人。つくり手も受け手ももっと広がっていけば、和菓子界全体が盛り上がっていくと思うんです」

虎屋も、1980年にフランス・パリへ出店。現在では、マレーシア・クアラルンプールの「ISETAN The Japan Store」にも出品している。

「海外のお客さまとお話して感じるのが、和菓子の歴史や、植物性の素材を使った良さに興味を持っていただいている点ですね。和菓子の魅力をお伝えすれば手に取ってくださるので、ここに未来があるんじゃないのかな、と思います」

今後も世界に和菓子の魅力を伝えていきたいと話す、黒川。もちろん、伝統を残すという老舗ならではの仕事も、忘れてはいない。

「先ほどお話した雪餅(冬季限定。店頭での販売はなし)や霜紅梅(販売時期は1月後半)のように、季節に合わせた生菓子があります。それらを毎年、決まった時期にきちんとつくり続け、よりおいしくしていきたい。また、失われた伝統を取り戻すことも考えています。以前、虎屋で販売していた『岡太夫』というわらび餅があったのですが、ここ10年近く、良質な素材の入手が困難なためおつくりしていません。昔とまったく同じ良質な素材をつくるのは、私たちの力だけでは困難なところもありますが、それでも知恵を絞って何らかの方法を見つけ出し、かつての『岡太夫』に劣らないものをもう一度つくりたいですね」

多くの人々に愛される、虎屋の和菓子。5世紀前から現在までのつくり手たちが伝統を守り、新たなものを生み出すという意識を紡ぎ続けてきたからこそ、今がある。

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黒川光晴(くろかわ・みつはる)
株式会社虎屋・専務取締役。2008年、アメリカ・バブソン大学卒業後、虎屋入社。2012〜2013年に休職し、貿易会社社員として海外に勤務。復職後、TORAYA CAFÉ事業などを手がけ、2016年に専務取締役就任。

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