その逸品ができるまで
2017年10月13日
サントリービールの醸造家たちが、「まだ世界のどこにもない、心が震えるほどうまいビールをつくりたい」と願い、長い時間をかけ試行錯誤した末に辿りついた夢のビール、マスターズドリーム。醸造家たちの夢の結晶を味わうには、グラスが重要な鍵を握る。
サントリー醸造家の秀島が、マスターズドリームの「多重奏で、濃密。」な味わいをより愉しむに、理想のグラスを追い求める同連載。京都の錫(すず)師・清課堂の山中源兵衛と錫のビールグラスについて語り合った前回に続き、第7回では、試作品を飲み比べたうえで、その完成形を明らかにしていく。
日本最古の錫工房として、京都・寺町の同じ場所に工房を構え続ける清課堂。そんな歴史ある工房の現店主である山中源兵衛は、マスターズドリームのためのビールグラスとして、計5つのデザインを考案した。
前回の試飲では、同じビールを、同じ素材のグラスで飲んでも、形状や仕上げが変われば、味わいもまったく異なるということが実感できた。そこから見えてきた、理想のグラスとは何か。秀島と山中の対話は続く。
秀島:それぞれ飲み比べてみて、いかがですか?
山中:最初にガラスのグラスで飲んだときに比べると、味がまったく違って感じますね。表現が難しいですが、特に苦味が違うように感じます。
秀島:ビールの味を言葉で説明するのは難しいですよね。ワインに比べるとボキャブラリーが少なくて、コク、キレ、喉越しといったワードをつい使ってしまいます。でも、味わいの豊かさを説明するには、それだけだとちょっと物足りない。
山中:確かに、マスターズドリームはもっと深みがあるというか、複雑な味をしています。
秀島:例えば苦味というものは、人間が後天的に学ぶ味なんです。赤ちゃんはこういう味を好まない。成長するなかでいろいろなものを味わって、こういう味があるのだと知っていく。だから、ビールの味というのは、様々なものを味わえば味わうほど、その違いがわかってきます。
ワインも飲み慣れてくると、最初は口当たりが軽いものが好きだった人も、渋い味が好きになってきますよね。それと同じで、ビールも飲み慣れた人ほど、最終的にはマスターズドリームのような味わいが複雑なビールを求めるようになるのではないかと思っています。
山中:しかし、それほど「苦い」という感じもありません。うまく説明できればいいのですが、決して飲みづらいわけではないです。
秀島:苦味の成分自体は、通常のビールよりも多く入っています。重要なのは、それを感じさせない設計です。だから、グラスもそうしたマスターズドリームの特徴を引き出してくれるものを選びたいと思っています。
秀島:まず錫のグラス全般についていえるのは、手で感じる冷たさがガラスのグラスと全然違うということです。私たちはビールつくりにおいて、五感でものをつくれといっています。錫のグラスは、見た目や味、香りだけでなく、触感も刺激する。このグラスならではの特徴ですね。
山中:五感を刺激するという意味でいえば、例えば飲み口だけでも、仕上げを変えるだけで実際に感じる味わいはかなり変わりましたね。
秀島:飲み口が大事なのは、その広さの違いでひと口で入る液体のボリュームが変わるからです。舌には味を感じる部位がいろいろあって、口の中に少しずつ入ってくるほうが、じっくりと味を感じやすい。だから飲み口が狭いほうが、味をたくさん見つけることができます。飲み口が広いと、そのまま喉まで飛び込んでくるので、もっとさっぱりとしたビールのほうが合うかなという印象です。
その意味では、この丸いグラスはとてもマスターズドリームに合うと思います。見た目も2層になっていて、ビールを注いだ感じを表現しているように見えますしね。
山中:ガラスのグラスと比べてちょっと重みがあるので、左手を添えたくなります。不思議と姿勢を正したくなるような、丁寧に飲みたくなるグラスだと思います。
秀島:それは「時間をかけてゆっくり味わう」というマスターズドリームのコンセプトにも合っています。
山中:こうして飲んでみると、グイグイと飲むグラスではないですが、その分、ゆっくりと飲みたくなるというか、抹茶を飲むような感じで、大切にいただけるグラスだなとあらためて感じますね。
秀島:反対に、つくり手として予想と違ったグラスは何でしたか?
山中:意外とオーソドックスなグラス(左写真)がちょっと物足りなかったです。錫のグラスとしては昔からよくある形状なんですが、突き抜けた特徴がない分、マスターズドリームの複雑さが思ったよりも出ていないというか。これは飲み比べてみないとわからなかったことですね。
秀島:この驚きをぜひ読者の方にも感じてほしい(笑)。実際にいろんな形のグラスで飲み比べていただくと、我々が感じていることがよくわかるでしょう。ビールとグラスの相性を実感することは、ビール文化の向上にもつながるのではないかと個人的には思っています。もちろん、これはマスターズドリームに合うグラスを探すという意味での選び方であって、ほかの銘柄だとぴったりなグラスはまた違ってきます。
山中:完成形の仕上げに向けて、どのタイプのグラスをベースにしていきましょうか。
秀島:まずはやっぱりこれ(写真右)ですね。飲み口が狭いから香りの特徴を感じてもらいやすいということもありますし、思わず左手を添えたくなるビールグラスという発想も、今までになくて面白い。
もうひとつは、飲み口が広いこちらのグラスですかね。デザインがまったく違うということもありますが、飲み口が広いことで、先ほどのグラスと比べて、グラスの違いによる味と香りの感じ方の違いがわかりやすい。この2つを発展させていくと、かなり面白いビールグラスが出来上がるのではないでしょうか。
山中:私も賛成です。この2つを飲み比べていただくと、マスターズドリームの複雑さがより感じられますね。今日いただいた意見を参考に、さらに磨きをかけて仕上げていきます。
秀島:では、最後に2つのグラスであらためて飲み比べてみましょう。うん、このグラスの違いによるビールの面白さ、愉しさを、早くみなさんに味わっていただきたいですね。
TOP>その逸品ができるまで>五感を刺激するグラスを求めて、京都へ
その逸品ができるまで〜第7回〜