その逸品ができるまで
2017年8月 7日
サントリーの醸造家たちが、「まだ世界のどこにもない、心が震えるほどうまいビールをつくりたい」と願い、長い時間をかけ試行錯誤した末に辿りついた夢のビール、マスターズドリーム。醸造家たちの夢の結晶を味わうには、グラスが重要な鍵を握る。
こだわりある飲み手たちがビールの愉しみ方を広げるグラスを作るべく、醸造家と日本の伝統技術を継承している職人たちが逸品を作り上げるまでの軌跡を追う連載「その逸品ができるまで」。第2回目では、百年百貨から提供されたグラスサンプルそれぞれの特性を分析しながら、秀島が考えるマスターズドリームの愉しみを広げるグラス形態を明らかにする。
「オリジナルグラスの製作は、全体のハーモニーを楽しんでもらうために知恵をしぼりました。飲み手がもっと個性のある楽器に気がつき出会いやすいグラスを今度は作ってみたい。味を探しに行くグラスとでも言えばいいでしょうか」
すでに存在するオリジナルグラスに加えて、新たなグラスを作る理由を秀島は前回このように語った。百年百貨はそれを受け、複数のグラスサンプルを用意。秀島はマスターズドリームを注ぎ、飲み比べ、各グラスの特性を明らかにする。まず前提として、グラスの特徴によって味や香りにどのような変化があるのだろう。ビールグラス収集家でもある秀島によれば、簡単に次のようにまとめることができるという。
「一つ目に、ポイントとなるのは飲み口の径の広さです。一般的なピルスナーグラスのように径が狭いものは、ビールの味が喉にダイレクトに来る。喉の渇きを癒す、ゴクゴクと飲むタイプのものと好相性です」
一方径が広いものは、口全体を使ってビールを飲むイメージで、豊かな味わいが感じられます。また、径の広さは香りの感じ方にも大きな違いを生む。
「径が広いグラスで飲むほど、香りの総量が大きく感じられます。飲み口が広いだけ覆いかぶさるように香りが鼻に伝わって来るのが特徴です」
もう一つが、グラスの重量感だ。「巷にはガラスの薄いグラスが増えていますが、重さのあるグラスはビールの深いコク、柔らかな苦味を引き立てる特徴がある。ビールをじっくりと味わいたい時には、こうした味の引き立つ重量感のあるグラスが選択肢に出てくるでしょう」
そして今回用意されたグラスは、職人の技術や手法に敬意を払い、完成度の高いガラス製品をプロデュースしている木本硝子が選んだものだ。画像左から、(1)ピルスナー型、(2)ワイングラス型、(3)三角錐型、(4)黒切子、(5)黒切子とフロストのデザインの5つ。ここからベースの形を選び、サイズやフォルムを微調整しながら新たなグラスをつくるのだ。
同社代表の木本誠一は、マスターズドリームにこれらのグラスを勧める理由を次のように語る。
「マスターズドリームは重厚感と華やかさが同居したビールだと思っています。それを基準にグラスも選んでいます。ピルスナー型、ワイングラス型に関しては、香りあるお酒を飲むことを想定してつくられたものです。特にワイングラス型はブルゴーニュワインなどに適している。ガラスにも厚みがあり、グラス自体の重みもある。デザイナーはリオ・オリンピックで卓球台のデザインも手がけた澄川伸一さんで、官能的なフォルムが、大人の特別感を演出してくれると考えています。
三角錐型はドイツのデザイナーが手がけたビールのためにつくられたグラス。すぼんだフォルムが豊かな香りを包み、旨味がより一層強まるかと。黒切子はとにかく薄く軽い。黒切子とフロストのデザインは重量があり、モダンでありながら斬新なデザインは、昔ながらの製法と革新的な技術を掛け合わせたマスターズドリームとも相性がいいと思っています」
まず、秀島は二つの高さの異なるピルスナー型とワイングラス型のグラスを手に取った。背の高いピルスナー型のグラスは件のオリジナルグラスに近い形だが、もう一方のワイングラス型はぽってりとしたフォルムである。
ここにそれぞれ、トクトクトクとマスターズドリームを注ぐと、秀島は「まず、色味の違いが歴然です」と指摘した。確かに、低いグラスの方が明らかに色は濃い。とは言え、注いでいるのはまったく同じビールだ。見た目の色味の違いが味の違いに影響するのだろうか? この問いに、秀島は「ビールを楽しむ際にこの視覚的要素は味わい方にも大きな違いを生む」と答える。「人間の脳とは興味深いもので、目を隠して飲むのと色を確認して飲むのとでは、味は全く異なるのです」。
ここにさらにもう一つ、比較のために三角錐型のウイスキーのテイスティンググラスのような形のものを追加した秀島は3種のグラスを次のように評した。
(1)ピルスナー型
「オリジナルグラスに近い形。径が狭い分、ビールの味と香りが共に一気に口に流れ込んできます。味わいも非常にシャープです」
(2)ワイングラス型
「香りを感じるためのグラスと言えばいいですかね。ピルスナー型のグラスと比べると径が広いため、口全体に味が広がる。味と香りの総量も、こちらの方が格段に多く、特にコクと旨味が際立ちます。色味に関しては、マスターズドリームらしさという点で考えると、色の濃いこちらの方がイメージに近いです」
(3)三角錐型
「元来のオリジナルグラスとワイングラス型のいいとこ取りをしたものと言ってもいいです。ピルスナー型のグラスに通ずる、喉にダイレクトに来るタイプのグラスではありますが、グラス内に香りがこもるため、よりビールに重みを感じられます」
味と香りの総量という観点からグラスを分析すれば、(2)>(3)>(1)の順で、それらの比率に順序をつけることができるという。
次に秀島が手に取ったのは、素材違いのグラスだ。形状は共通してシンプルなタンブラー型。違いは厚さで、ボディの黒いタンブラー(4)は、薄くて軽い切子素材だ。一方、黒切子とフロストのデザイン(5)はグラスそのものに重みがあり、かなりの存在感がある。
(4)黒切子
「薄くて軽いので、マスターズドリームを味わうには、グラスの厚みが足りないように思います。今回求めているものとは遠いところに位置しますね」
(5)黒切子とフロストデザイン
「味の重みを感じられるグラス。巷には薄くて軽いビアグラスが増えている中で、こうした重厚感のあるものは珍しい」
秀島は、今回のグラス作りにおいて、このグラスの存在感も熟慮すべき要素と考えているという。
「ビール醸造のさかんな欧州では、ビール会社が独自のグラスを作るのは珍しいことではありません。そして会社のロゴが刻まれたグラスで飲み続けることで、グラスを見ただけでビールの味を思い出すことができる。つまるところ、そのビールのために生まれたグラスとは単なる器ではなく、ビールを飲むという体験そのものを象る役割を担うのです」
それぞれのサンプルの特徴が明らかになり、また求めるグラスの像も固まってきた。次回はついに秀島がこの中から製作の方向性を決めるためのグラスをピックアップする。
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その逸品ができるまで~第2回〜