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ビールの肴になるカルチャー

ビールにまつわる珍事件。酔って記憶をなくした作曲家ブルックナー

2017年11月21日

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中世ヨーロッパに起きた宗教改革の中心人物として知られるマルティン・ルターの言葉に「酒と女と歌を愛さぬ者は、生涯阿呆のままで終わる」というものがある。なんとも奇抜な言葉にも思えるが、女性とお酒と音楽に人生を費やした音楽家が1800年代、オーストリアのウィーンにいた。一人の男とビールにまつわる小話を楽しんで欲しい。

1824年のオーストリアで、オルガン奏者のもとにアントン・ブルックナーは生まれた。父の影響もあってか音楽的才能に恵まれていたブルックナーは、10歳のときには教会で父の代わりにオルガン演奏を担うなど、幼いときから神童として知られていたようだ。

10代中頃には教員を志し、小学校の補助教員免許を取得してからはしばらく仕事をしつつヴァイオリン等の演奏を行っていたが、30代に差し掛かった頃から楽典を学び徐々に作曲家としての道を歩みだす。キャリアを積み40代前半でウィーン国立音楽院の教授に就任してからは交響曲づくりに身を注ぎ、ブルックナーの代表曲として挙げられるのは現在も交響曲である。

そんな彼が最も敬愛した作曲家が、「楽劇王」の別名でも知られるリヒャルト・ワーグナーだ。そして、『トリスタンとイゾルデ』『ニーベルングの指環』などの名楽劇で知られる大作曲家と彼の間には、音楽史に残る珍事件が起きていた。

1873年のある日、ブルックナーは自身の曲「交響曲第二番」と制作途中の「交響曲第三番」の楽譜を携え、憧れのワーグナーの家を訪ねたという。彼が訪れた理由は、いずれかの曲の献呈を受け入れてもらえないかというものだ。昼間に突然の来訪を受けたワーグナーの対応は「夕方5時頃にもう一度来て欲しい。それまでに楽譜は見ておく」というもの。5時にあらためてワーグナー邸を訪れたブルックナーは、「献呈は問題ない!」と無事快諾を得ることに成功し食事に招かれたのだが、そこでブルックナーの元来持つ性分が災いしてしまった。

彼は大食漢で、毎晩ジョッキで何杯ものビールを飲み干していたというほどの大酒飲みだったのである。

そしてこの日、ワーグナー邸で振る舞われたのはビール。大好きなワーグナーに大好きなビールを出されてしまったことが、思いもよらぬ失敗を生んでしまった。

なんと彼は、あまりに酔過ぎたために、どちらの交響曲をワーグナーが受け入れてくれたのかがわからなくなってしまったのだという。酔いが冷めたとき、当然ブルックナーは焦った。翌朝彼は急いでその場に居合わせていた彫刻家に連絡をとり、なんとか第三番が受け入れられたことを知る。ただ、本人に聞かなければやはり確証は持てないと考えたブルックナーは手紙をワーグナーに宛てて書いたようだ。その顛末が『ブルックナー』(音楽之友社)に書かれているため、引用する。

<その後もブルックナーは不安になった。そこで一枚の紙片に「トランペットが主題を開始するニ短調交響曲ですか? A.ブルックナー」と書いてワーグナーに送ったところ、ワーグナーはその紙片の下の部分に返事を続けた。「そう! どうぞよろしく! リヒャルト・ワーグナー」。この曲はのちにブルックナー自身によって、「ワーグナー交響曲」と称されることになる>

いかにも不安そうなブルックナーの文面と全てを笑い飛ばすようなワーグナーの「どうぞよろしく!」が対照的で面白い。こんなことが起きたら、怒り心頭の音楽家もいただろうが、ワーグナーはその点寛大だったことがわかる。本稿の冒頭にはルターの格言「酒と女と歌を愛さぬ者は、生涯阿呆のままで終わる」があるが、この言葉をもとにしたワルツをワーグナーは大変愛したというから、酒と音楽を愛するブルックナーに嫌悪を抱かなかったのかもしれない。

ちなみに、ワーグナーは恋多き男性で、不倫相手の名を冠した曲も残しておりモテたようだ。一方、ブルックナーは積極的ではあるもののあまり女性にモテる方ではなく、生涯独身だったというのは、深く触れないでおこう。

歴史に残る名曲のエピソードにビールが大きく関わっていたとは......。ただ、事件のあとも彼らの関係は良好であったというから、ビールが彼らの絆をより強めた(?)なんて考えると、酒の場においてのビールの普遍的な魅力も感じられる。

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