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ビールの肴になるカルチャー

世渡り下手な小説の主人公はビールを飲む?
名場面にはビールがある

2017年5月22日

大勢での乾杯にもぴったりだし、部屋で1人そっと飲んでも様になる。あらゆるシチュエーションや気分に寄り添えるビールは、万能な飲み物といえる。では、そんなビールを作家が小説に登場させる時、どんな意味や想いをこめて描くのだろう。

■続けることで生まれる苦しさも救われる

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角田光代の長編『私のなかの彼女』の主人公、和歌は恋人の仙太郎からビールの味を教わった。

〈今ではふつうにおいしいと思うビールだって、仙太郎とこうして二人で食事をするようになるまでは、苦いだけの飲みものだと思っていた〉

学生時代からイラストレーターとして活躍する仙太郎と対等になろうと、和歌は働きながら小説を書き始め、作家になる。しかし、仙太郎の仕事が徐々に減ってゆくのを契機に2人の関係は歪んでいく。仙太郎は悪意のある言動で和歌を揺らし、小説を書く意欲を削ろうとする。和歌の心は不安定になり、呼応するように好んで飲んでいたビールも、描写がどんどん不味そうなものになる。

再びビールを味わえるようになるのは、仙太郎とついに決別し、小説を書き続ける道を選ぶ終盤だ。取材で訪れたエジプトで、大学時代の恩師・矢崎と落ち合う場面でそれは出てくる。

〈にぎやかな通りに面しているカフェで、周囲の商店や飲食店に比べるとずいぶんと垢抜けて、建物自体はずいぶんと古いのに外装も内装もお洒落だった。細長い店内の、奥のテーブル席に案内される。(中略)和歌と矢崎は向かい合って座り、ビールを注文した〉

ビールを待つあいだ、和歌は自分のこれからに思いを馳せる。そして、もっと旅をして、人の暮らしや姿を見たいと考えている自分に気がつく。

〈ビールが運ばれてくる。それぞれのグラスについで、軽くグラスを合わせて飲む。さほど冷えていなかったが、蒸し暑い場所を歩いてきたからおいしかった〉

小説を書き続ける道が、幸福かどうかはわからない。和歌は不安を抱え続ける。しかしやっとおいしさを取り戻したビールは、彼女が自分の世界を手に入れた証のようにも見える。

■缶ビールに仕掛けられた巧妙ないたずら

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伊坂幸太郎の『重力ピエロ』は、泉水と春、2人の兄弟の話だ。物語の最後、闘病の末に亡くなった父親のために2人で乾杯をするシーンがある。

〈私は手に持った缶ビールを見た。そのうちの一本を右手で持つと、思い切り振った。しゃかしゃかしゃかと上下に揺する。二階を見上げ、「春、乾杯をしようじゃないか」と声をかけた。

親戚が聞いたら、呆れ顔で怒り出すだろう。父親の葬儀の最中に、「乾杯」とは不謹慎な、と野蛮人を見るような視線を向けてくるかもしれない。私は不謹慎だとか礼儀については、あまり興味がなかったから、気にかけない。

何度も振ったほうの缶ビールを、屋根の上にいる春に向かって投げた。春がそれを受けとめる。

蓋を開けたらビールが吹き出すのを、私は期待し、笑いを堪えながら、「さあ、乾杯だ」と高らかに言った〉

泉水と春は血が半分しか繋がっていない。その背景にはつらい過去があり、春はその過去を清算するためにある罪を犯した。泉水は悩み抜いた末に「おまえは許されないことをやった。ただ、俺は許す」と結論を出し、弟を肯定する。『重力ピエロ』は、一見巧妙なミステリーだが、やりきれない現実になんとか立ち向かおうとする人間を描く物語でもある。そしてそれは、伊坂が小説で常に掲げているテーマだ。缶ビールに仕掛けるいたずらは、つらく、重い現実の世界を、少しでも幸福なものに変えようとする泉水の願いや決意が込められているようだ。伊坂の世界観を象徴しているともいえる。

■午前二時まで続く会話とビールとコーヒー牛乳

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兄弟の物語といえば、2人暮らしをする30代の兄弟を描いた江國香織の『間宮兄弟』がある。兄の明信も弟の徹信も、これまで女性と交際したことがない。2人は失恋を繰り返し、傷付きながらも新しい恋の影を追い続ける。冴えない生活が描かれる中、唯一光るのが、読書に関すること。〈読書家なので、毎月かなりの額の小遣いを、雑誌および書籍に費やす〉という2人は、家事を一切せずに朝から晩まで本を読む休日を、「読書日」と名付けて楽しんでいる。

〈ゴールディングの『蠅の王』は兄弟共通の愛読書だし、そこにでてくる少年たちの名も言動も、いまも彼らの心に刻まれている。

「ジャックみたいなふるまいだな」

とか、

「ラーフだったらこう言うだろうね」

とか、日常の会話にさえでてくるほどだ。明信は村上春樹を、徹信は村上龍を、それぞれもう一方の村上より尊敬しているし、その理由を述べ合うことに熱中するあまり、午前二時までビールとコーヒー牛乳を飲み続けたこともある〉

ぱっとしない日々でも、恋愛に恵まれなくても、ビールや好きな飲み物を片手に面白い本について語り合うことが出来るのは、ささやかながらも幸福のひとつだ。

幸福はどれも似ていないし、定義も難しい。上手く生きられない登場人物たちが、自分だけの幸福のかたちを見つけようともがく時、作家はそれを労うように、讃えるように、ビールを描くのではないだろうか。

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