ビールの肴になるカルチャー
2017年5月 9日
ビールといちばん相性のいい肴は何だろう。もちろん人それぞれ、としか言いようがないが、人の酒の肴をのぞき見るのは楽しい。ビールが好きなあの作家たちは、いったいどんな一品をつまみに飲んでいたのか。
飲みかけのグラスにビールを注ぎ足されると、池波正太郎は不機嫌になった。ビールはグラスに三分の一まで注いで、それを一気に飲み干しては入れ、飲み干しては入れ......というのが、池波にとっての本当にうまい飲み方だったという。
その池波が、ビールの肴としてもっとも好んだのがポテト・フライだった。〈親指の先ほどに小さく、ころころに切ったジャガイモにたっぷりパン粉をつけて揚げ、むかし通りに生キャベツにウスターソースをたっぷりかけて食べる(『そうざい料理帖 巻一』より)〉というもの。少年時代、おやつ代わりにいつも食べていたため、「ポテ正」というあだ名までついたそうだ。酒の味を覚え、何百という名店を知る食通になってからも、池波の中の「ポテ正」は消えなかったようだ。
向田邦子もビールが好きだった。夕食にビールがないと、そのあと書き物が弾まなかった。自宅の冷蔵庫にはいつも、ビールの大瓶・中瓶・小瓶が並んでいたという。向田の食への思い入れは強く、赤坂に小料理屋「ままや」を開いたほど。店の案内状には「蓮根のきんぴらや肉じゃがをおかずにいっぱい飲んで おしまいにひと口ライスカレーで仕上げをする─そんな店をつくりました」と書いた。
酒を嗜んだあとのひと口カレー。いかにも酒呑みの心をくすぐる一品だ。ビールにしろ冷酒にしろ、酒の肴は山盛りにしてはいけないと向田は父親の食卓を見て覚えたという。ひと口カレーには、衣食住と丁寧に向き合った彼女の生き方が、よく表れているのかもしれない。
池波、向田と同じく、今年1月に直木賞作家になった恩田陸。〈お酒はなんでもおいしいですが、私はとにかく一年中ビール。(『小説以外』より)〉とエッセイに書く、大のビール党だ。つまみのバリエーションはたいへん豊富で、特に、〈オイルサーディンの缶をそのまま火に掛けて醤油をかける〉という学生時代にバイト先で覚えたつまみは、〈えんえん食べられるおいしさ〉であるらしい。
恩田は今回の直木賞の発表を、新年会も兼ね、編集者と共に居酒屋で待っていたという。受賞の記者会見で「このあと、みんなでゆっくり飲みたい」と言っていたが、おそらく乾杯はビールだったのではないだろうか。
こだわりが強そうな作家でも、つまみはシンプルなものが並ぶ。ビールは日常の中のささやかな喜び。人を素直に、飾らなくさせる力が、ビールにはあるのかもしれない。
TOP>ビールの肴になるカルチャー>ポテト・フライ、カレー、オイルサーディン
あの作家はビールとともに何を食べた?