あの酒場に訊け!
2019年11月 6日
これまで本コーナーで紹介してきたさまざまな酒場とそこを守る人たち。今回は初めて、大阪の、しかもホテルのバーテンダーが登場する。旅の疲れを癒やし、あるいは特別な日を迎えるためホテルに去来する人々をどう愉しませているのか、バーテンダー・里美保子に訊いた。
江戸時代から「天下の台所」と呼ばれてきた商都・大阪。中心部である梅田には、デパートをはじめとした大小さまざまな店が並びやはり活況を呈しているが、その一角に静かな、しかししっかりと存在感を示す建物がある。ホテル「ザ・リッツ・カールトン大阪」である。
「外観は重厚感がありますし、エントランスではドアマンがお出迎えをしているので、もしかしたらお客さまの中には『入りにくい』と感じられる方もいらっしゃるかもしれませんね。でも中に入っていただければ、非常に温かな空間が広がっていますので、それをぜひ愉しんでいただきたいと常に思っています」
そう語るのは、ザ・バーでアシスタントマネージャーとして店に立つ、里美保子。言葉にもあった温かな空間を保つため、里は笑顔を絶やさない。
「バーテンダーは『歯を見せてはいけない』という考え方があり、私自身、かつてはそう思っていたことがありました。ただ、このザ・バーでモットーとしているのが、お客さまに寄り添うということ。ホテルに来ていただいた方にくつろいでいただくためには、笑顔が必要となると考えます。ですので、お客さまから『ここは笑顔がいいね』とお声をかけられると、嬉しくなりますね」
今回は初めて、ホテルのバーテンダーが主人公となる。そこは、クラシックで厳かな雰囲気に包まれているが、しかしバーテンダーと客とが心を通わせる空間である点は、これまで紹介してきた酒場と変わらない。今宵も、温かな話が聞けそうだ。
ザ・バーでは開業時より来店客のボトルを預かるサービスも行っている。現在ボトルの番号は数千番台にまでなっているのだとか
里のこれまでを振り返ろうとすれば、まずホテルマンとして身を立てるまでを聞かねばなるまい。
「最初は京都市内のホテルに勤めていました。なぜそのホテルに入ろうと思ったのかといえば、高校1年生のときの『職場体験』がきっかけです。ホテルマンの人々の佇まいが本当に素晴らしかったんですね。もうその瞬間から、『私はここで働くんだ』と決心しました」
そして、実際にホテルへの就職が決まり、配属されたのはバーラウンジだった。ただ、その成り行きだけが里をバーテンダーへの道へと進めさせたわけではない。「技術」と「もてなし」への強い思いが原動力になったのだという。
「そのホテルに入ったとき、同期入社は30人ほどいたでしょうか。ただ、ほとんどが大学を卒業した人で、高校卒業だった私は技術を身に着けることで同期に負けないようにしようと、まず思いました。それと同時に、先輩バーテンダーの存在もとても大きかったです」
その先輩は、女性バーテンダーだった。今でこそ、大規模なカクテルコンペティションで女性が優勝するなどは珍しくなくなったが、里がこの世界に入った17年前、女性バーテンダーは数少なかった。しかし、そんな状況はものともせずに、凛として輝くような先輩だったと里は振り返る。
「もちろん技術の面は素晴らしく、ステアからシェイク、さらには氷へのこだわりなどさまざまなことを学びました。それと同時に、私がすごいなと思ったのが、その先輩はお客さまから絶大な信頼を寄せられていたことでしたね。やはり、お客さまを心から『おもてなし』する気持ちがあったから、お客さまも先輩のことを非常にかわいがっていたのではないかと思います」
里自身、技術ともてなしの心を次第に習得していく。技術の面では、カクテルコンペティションで技術点が高く評価されるようになり、接客では常連客から「家族にはいえへんことなんやけどな......」と話を打ち明けられるなど、手本とした先輩と同様に信頼を得られるようになった。
ワイルドなイメージで、とのお客さまからの注文が印象に残っていると話す里。「いろいろ考えた末にテキーラをお出ししたところ『俺、テキーラ好きやねん』と喜んでいただけました」
そうして自信をつけていく中で、新たな接客の指標となるべきものと出会う。それがザ・リッツ・カールトンのサービスだった。
「7年前、こちらで働くよりも前に、ザ・リッツ・カールトン大阪に宿泊したんです。そのとき、私が高校生のときに受けた感動以上にサービスが素晴らしいなと思いました。ザ・リッツ・カールトンではクレド(信条・主義)を定めており、そこには『お客様が言葉にされない願望やニーズをも先読みしておこたえするサービスの心』と書かれています。まさに、その通りに『お願いしようかなと思っていたところだったのに』『なんでわかったん?』と驚かされるサービスが続いたんです。やはり高校生のときと同じく、ここで働きたいな、と思わされましたね」
では、「ニーズの先読み」とは具体的にどのようなものなのだろうか? 里は日常の仕事を例に取り、次のように教えてくれた。
「テーブル席ですと、3~4名のグループのお客さまが席につかれますよね。そこで、1人のお客さまに対して皆が『おめでとう』と声をかけている場合があります。このときに、何を祝福されているのかと疑問を持つことが大切です。同席しているお客さまに直接お聞きすることもありますし、テーブルに近づいたときの会話の内容から推し量ることもありますが、いずれにしても最後はサプライズでお店からお祝いをし、それもニーズの先読みの1つだと思っております」
もし、誕生日を祝う席であれば、バースデイソングを生演奏(ザ・バーでは毎日20時からジャズピアノの生演奏を行う)や、その場でプレゼントをつくるなどをしていると話す。
もちろん、サプライズはあくまでも一例であり、ニーズの先読みによって客を良い意味で驚かせる試みは常日頃から行われている。日本文化に触れたい外国人客と感じたならば、玉露を漬けたビフィーター24をベースにつくった「オリエンタルジントニック」(写真)や、日本の上質なフルーツを使ったカクテルをすすめることもあるという。また、同じく「おすすめ」という点でマスターズドリームを好む人には次のような提案をしてくれた。
「ウイスキーを愉しむときに、マスターズドリームを挟みながら飲むのはいいと思います。しっかりとしたビールですので、合わせるウイスキーは『山崎』など同じくしっかりとしたものが良いと思います。もちろん、そのまま、じっくりと飲むのも美味しいですよね。私は、マスターズドリームを"夜が更けてきたときに飲むのが美味しい"と感じていますので、そういったシチュエーションでザ・バーにてお愉しみいただくと、より雰囲気を味わえるはずです」
ザ・バーは1997年のザ・リッツ・カールトン大阪の開業時より営業しているが、今年春、オープン以来初めてとなるリニューアルを行った。かねてからの18世紀のヨーロッパをイメージしたコンセプトに、現代的な雰囲気が加えられたという。
「今回のリニューアルでは、上流階級の社交場であるジョッキークラブをヒントに新たなインテリアを揃えました。そう聞くと、気持ちが引き締まってしまうかもしれませんが、ぜひおくつろぎいただきたいです。冒頭でも申し上げた通り、ここは温かな空間にしたいとスタッフ皆が心がけています。宿泊されていなくても、ぜひバーだけでもお愉しみいただきたいですね」
温かな笑みを浮かべながらそう話した里は、優しくグラスを磨き始め仕事に戻った。
ニーズの先読みをして来店客におすすめを提供する里。彼女自信は、日常でどのようにお酒を愉しんでいるのか、訊いた。
Q ビールに合うおつまみについてよく考えます。何がおすすめですか?
バーテンダー・里美保子
ミックスナッツですね。塩味のあるナッツだと、よりビールが進みます。きっと、相乗効果があると思いますよ。
Q 普段、お仕事がお休みの日などはどんなお酒を飲むのでしょうか?
バーテンダー・里美保子
1杯目はビールですね。その後はワインなどそのときによってさまざまですが、家でお酒を愉しむときは良い氷を買ってきて使うようにしています。ちなみにザ・バーの氷も、氷屋さんがグラスに合わせて切ったものを提供しているんですよ。
Q カクテルをあまり飲んだことのない人へのおすすめを教えてください。
バーテンダー・里美保子
モヒートはお店によって違いが出るので、カクテルをそれほど飲んだことのない方でも愉しめるんじゃないでしょうか。アルコール度数も高くありませんし、お酒をまったく飲めない方ならばノンアルコールのモヒートもあります。
〈店舗情報〉
ザ・リッツ・カールトン大阪 ザ・バー
大阪府大阪市北区梅田2-5-25
TEL 03-6343-7020
営業時間 月~木 5:00~24:00
金 5:00~25:00
土 14:00~25:00
日・祝 14:00~24:00