あの酒場に訊け!
2019年2月14日
闘いに疲れた体を椅子に沈ませながら、カウンターに置かれたお酒を1杯。アクション描写の多い映画やドラマの主人公が見せるこんな光景を、読者も1度は目にしたことがあるはずだ。今回登場するバーテンダーは、そんなハードボイルドな小説から、店の名前を採った今村頼輝。でも、怖れの感情は無用。そこは、格好の良さだけでなく、優しさと愉しさに満ち溢れたバーなのだから。
《午前三時。東の空にちりばめられた星々は未だ輝き、暗い森の向こうから夜鳥の囁く時間帯。その夜の世界に幕を引く、高らかな鳴き声をはっきりと聞いた。
この街で、この国で、一番鶏(ルースター)の鳴き声を聞かなくなってから、久しい》
作家・垣根涼介が旅行代理店勤務の経験を基に記し、サントリーミステリー大賞を受賞したことでデビュー作となった小説『午前三時のルースター』の最後は、以上の言葉で締めくくられる。
この「ルースター」という言葉の響きに惹かれ、いつか自分の店の名前にしたい、と思い立ったのがバーテンダー・今村頼輝だ。
「ハードボイルドな小説の世界観がものすごくかっこよく、題名であり、最後に出てくるルースターの描写も、とても印象深かった。またルースターは、雄鶏という意味も持ち、これはカクテルに通じますよね」
カクテルをアルファベットで表記すればCocktail。直訳すれば、鶏の尾、だ。一説には、かつてグラスに雄鶏の尾を挿していたことが由来とされる。また洋の東西を問わず、朝の到来を告げる雄鶏の鳴き声は、時を教えてくれる動物、神聖な動物と位置づけられてきた。
Bar Roosterのエントランス。こちらのほか、バックバーにも店名になっている雄鶏の絵が掲げられる
そんな特別視され、自身の心に深く残ったルースターの名の店を、今村は2014年に開いた。正式な名前は「Bar Rooster」。ほかの名門バーや高級クラブの並ぶ、銀座6丁目の店だ。
Bar Roosterのオープンは夕方16時。朝ではなく、銀座がより華やかになる時間を告げる〝午後四時のルースター〟の実像を探った。
今村がバーテンダーという存在を知り、そして憧れるきっかけとなったのは、1980年代末、トム・クルーズがバーテンダーを演じた映画『カクテル』だ。
「当時、女の子はもちろん、男の子もみんなトム・クルーズに憧れていて、あんな風になりたいと思っていました。トム・クルーズといえば『トップガン』も有名ですが、僕の場合は命を失うのが怖かったんで......(笑)。戦闘機乗りではなくバーテンダーを目指したんです」
そこで高校在学中にまず、故郷・宮崎市にあるリゾート施設内のレストランでアルバイトを始める。バー併設型の店でますます酒を扱う仕事への興味は増し、高校卒業後は神戸にある同様のリゾート施設内のレストランに就職、さらに翌年には東京・乃木坂にあるレストランバーで仕事をした。
「神戸も東京も、就職先を紹介してくれたのはそれぞれの地元で重鎮とされるバーテンダーの方でした。神戸は1年間レストランで修行すればバーで働かせてもらえるという話でしたが、その1年が経とうとする頃に阪神大震災が発生。バーテンダーの話だけでなく、お店の営業自体がどうなるか分からない状態になってしまったんです。そこで東京へ向かったわけですが、またもやレストランバーを紹介されて、『バーテンダーになりたいのに、なぜいつもこうなるの?』という思いはやはりありましたよ(苦笑)」
しかし今村は、決して見捨てられていたわけではない。カクテルコンペティションに向けた練習会に出るよう、重鎮や先輩たちから勧められ、そこで彼にとって運命的な出会いがあった。
「練習会の場所は、青山のTop Note。一目で『すごいいいお店だな』と感じて、すぐにマスターの武蔵さんに『ここで働かせてください!』とお願いしたんです」
武蔵とはTop Noteのほか、銀座の「BAR武蔵」などを経営する武蔵昌一。『あの酒場に訊け!』第4回に登場したバーテンダー・甲田岳彦の師匠でもあり、今村は甲田にとって兄弟子に当たる。
今村の懇願に武蔵は、ただ一言「じゃあ、来れば」と快諾し、ようやくオーセンティックバー(本格的なバー)で働けることになった。
もちろん、バーテンダーの仕事は楽しいことよりも辛いことの方が圧倒的に多かった。最初の頃はグラスを洗う毎日だったが、連日盛況の店では閉店後の朝5時になってもそれが終わらず、ミーティングでは反省点が浮き彫りになるばかり。
「そんな中でも、マスターや先輩バーテンダー、そしてお客さまから育てていただいたと感謝しています。無理難題を仰るお客さまもいましたが、その心の内では愛情を持って接してくださる方がほとんどでしたし。また、同じように愛情を持って、僕たちバーテンダーを『遊び』に使ってくれたお客さまもいらっしゃいました」
今村がつくるマンハッタンは「カナディアンクラブ12年」をベースにする
その客はTop Noteのすぐそばに住み、毎日やって来る人物だった。毎晩、最初の一杯を渋谷にあった名店「コレヒオ」で飲み、最後はTop Noteでスタンダードカクテルを飲むのを日課にしていたという。カクテルの中でも、マンハッタンがその客のお気に入りだった。
「そこで、カウンターに並んで立っていた僕たちに、『全員、マンハッタンをつくってみて』と注文するんです。武蔵さんともう1人のベテラン、そして僕がつくったんですが、お客さまが口にした後、3人がつくったマンハッタンを飲んでみると、それぞれ全然違う味なんですよね。また、そのお客さまが好きだったコレヒオのマスター・大泉洋さんのマンハッタンも飲ませていただきましたが、これがまた武蔵さんがつくったものとは別の美味しさのあるカクテルで......。その後、僕自身もコレヒオに通い詰めるようになり、味を覚える、美味しさを追求するということを、お客さまの『遊び』から学ばせてもらったんです」
こうした客が一晩に数軒の店を回るように、今村自身もTop Noteに入ってから、六本木、赤坂、銀座とさまざまな店で研鑽を重ね、そして前述のように2014年、Bar Roosterをオープンした。
「それぞれの場所で、お客さまの雰囲気や飲み方はやはり違いますし、バーテンダーとしての振る舞い方も変わってきますよね。たとえば青山は美容師やデザイナーといった仕事をされている方が多くいらっしゃいますし、反対に銀座は会社員、会社役員のお客さまが多い。また、1軒目のお客さまが来る時間、2軒目のお客さま、3軒目の......というように、時間帯によっても違いはあります。店を経営する立場としては、どの時間帯も人がいてくれるとありがたいのですが(笑)、そうなるためにはお客さまの様子をきちんと見極めるのがまず大切ですね」
そして今村は、「たとえば......」と続ける。
「2軒目、3軒目となると、ウイスキーなどハードリカーを飲まれたり食事の後であったりする方が多くなります。となると、前に飲んでいた、食べていたものをリセットする必要が出てくる。マスターズドリームは、飲み口でコクと旨味が効きながら、最後に来るホップの苦味がちょうど良く、そういった場面で飲むのに良いと思うんです。僕たちの接客やお酒を提供することにも同じことがいえて、先ほどの『遊び』の話でも出たような違う味わいを感じていただくなど、お客さまが気持ちを新たにされればより愉しんで飲めますよね」
その上で、場を愉しむか否か、が何事にもおいて優先することだと話す。バーでは「長居は無用」、「味が分からなくなる前に帰るべき」といったマナーがよく語られるが、そこに囚われてはいけないというのが今村の考え方だ。
「もちろん、他人に迷惑をかけてはいけませんが、そうでなければ2〜3時間カウンターに座っても、あるいは、何軒のお店を回っても、良いと思います。やっぱり愉しむのが第一。ウチに3軒目に来ていただいても、4軒目だとしても、僕たちは必ず愉しんでいただけるようにしていますから」
時の到来を告げるだけでなく、酒の愉しみ方、気持ちのリセットの仕方も教えてくれる――そんな心意気を持つのが、午後4時に鳴く銀座のルースターだった。
今村の話にあったように、お酒を飲むときは「愉しむ」ことが一番。でも、あまり格好良くないことはしたくない――読者が不安に思う酒場の立ち居振る舞い方を、バーテンダーに訊いた。
Q 映画やドラマで「あちらのお客さまからです」と紳士がお酒をプレゼントするシーンがありますが、実際に起こることなんですか?
バーテンダー・今村頼輝
あるかないかでいえば、そういった場に立ち会った経験はあるんですが......。難しいのが、プレゼントされる側の立場も考えなければならないことです。一人でじっくり飲むのが好きな方もいますし、人それぞれでお酒の好みもあります。その間に立って皆さまに愉しんでいただくのも僕らの仕事なので、たとえプレゼントしようとしてバーテンダーから断られることがあっても、もう一方のお客さまの事情があるのだなとご理解いただけたら嬉しいですね。
Q バーで最初から最後までビールを飲んでいてもOK?
バーテンダー・今村頼輝
まったく問題ありません! 最近でこそいろいろなお酒を飲まれる方が多くなりましたが、以前はビールだけを20杯ほど平気で飲まれる方もいらっしゃいました(笑)。
Q いろいろ飲みたいときけど潰れてしまうのが怖いというとき、どんなお酒の飲み方を組み立てれば良いでしょうか?
バーテンダー・今村頼輝
まずは何でもいいので最初の1杯を召し上がり、「どう飲んでいけば良いの?」と聞いてください。お酒は何でもいいといわれても分からない、というならばジントニックやジンフィズなどオーソドックスなカクテルがおすすめです。バーテンダーはそれを召し上がるお客さまの様子を見てますから、あとは相談しながら少しずつ飲み進めることができると思います。
〈店舗情報〉
Bar Rooster
東京都中央区銀座6-14-18マキシドピアビル 5F
TEL 03-3571-8088
営業時間 月~金 16:00~翌2:00
土・祝 16:00〜24:00