あの酒場に訊け!

2人のバーテンダーが織りなすさまざまな店の「顔」
――松濤倶楽部/角内昂成・佐藤伸一

2018年10月29日

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ビールを、酒を飲むということは、大人だけに許された遊び。だからこそ、大人らしい愉しみ方を示してくれる酒場がある。今回登場するのは、20代の2人のバーテンダー。しかし、若いからといって侮ることなかれ。インタビューを始めれば、酒の愉しみ方は数多に存在するということをカウンター越しに見せてくれた。

人がそうであるように、街もまたさまざまな「顔」を見せる。音楽やファッションの発信地であり「若者の街」と呼ばれる渋谷も、斬新なアイデアを持つ企業の集積地〝ビットバレー〟としての一面があり、さらに政財界人や文化人などが数多く住む住宅地・松濤もこのエリアに内包される。

そして今回の登場人物がいる酒場は、まさにその高級住宅地の名を冠した「松濤倶楽部」だ。

「私がお酒に興味を持ち始めたきっかけは、好きなアーティストの自伝の表紙にアメリカンウイスキーが描かれていたこと。また、ちょうど同じ時期にカクテルコンペティションに連れて行ってもらったこともあり、どんどんとバーという世界に引き込まれていきました。もちろん自分もバーテンダーになりたくて、お酒を飲ませてもらいながら『働かせてもらえませんか?』と何軒ものバーを訪ねて回ったんですけど、なかなかご縁がなくて......この松濤倶楽部に初めて来たときも、『入り口に〈会員制〉と書いてあるし、ドアも重たい。松濤という場所柄だから、今回もダメかもしれないな』なんて思っていましたね」

この世界に入った経緯についてバーテンダー・佐藤伸一がそう話すと、店長の角内昂成(かどうち・こうせい)は次のように後を引き継ぐ。

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〈会員制〉の札が掲げられた松濤倶楽部の入り口。本当に会員になる必要があるというわけではなく、同好会やサークルのように「心からお酒を愉しみ、愛する人たちの場」であることを示すため、ドアに記しているという

「入ってきた佐藤に『いらっしゃいませ』と最初に声をかけたのが私だったんですが、嬉しかったですね。だって、ひと目で私と同年代だと分かりましたから。よく来てくれました! と思いましたよ。数カ月後に佐藤は正式に入店することになるんですが、それまでの間もお客さまとして来てくれて、当時、店長ではなく1番の若手だった私は『どうすれば、もっとお酒を愉しんでもらえるかな』と、こちらも佐藤に勉強させてもらいました」

この言葉にもある通り、2人は1歳違いの同年代。角内が1991年生まれの27歳で、佐藤は翌1992年生まれの26歳だ。

松濤倶楽部は30年近い歴史の中で、バーや飲食店のオーナーを数多く輩出してきた。だからといって、現在の松濤倶楽部を背負って立つ若い2人が歴史にあぐらをかくことも、過度にプレッシャーを感じることもなく、この1つの店でさまざまな「顔」を表現しようと試みる。彼らが見せようとする顔は、その裏側にある心はどんなものなのか、話を訊いてみよう。

■意地悪くも温かい「悔しいけど、美味い」という言葉

性格は好対照――松濤倶楽部の常連客は角内と佐藤の2人をこう評し、さらに本人たちも同じように自己評価する。

「私も佐藤と似たようなもので、友人にバーへ連れてってもらったのが、この世界に〝魅せられた〟きっかけです。まずはバーテンダースクールに通い、その伝手で松濤倶楽部にお世話になったわけですが、決定的な弱点がありました......それは、人見知りしてしまう性格であること(苦笑)」(角内)

佐藤は反対に、どんなことでも、誰に対しても、前のめりに向き合うタイプの人物だという。

「ただ、働き始めた当初の私は、物覚えが悪かったんです。それなのに、お酒やお店のことなどをなんとかお客さまに伝えようとして、でも結局は伝わらないという繰り返しでした。そこは、先輩の角内がうまくアシストしてくれたから本当に助かりましたね」(佐藤)

しかし、いかに性格は異なっても、同じ空間で過ごす2人に立ちはだかる壁は共通のものだった。

たとえば角内は、自らの人見知りする性格を克服しようと、なんとか客とコミュニケーションを図ろうとする。しかし、どうしても早口になってしまったり、言葉にまとまりがなくなってしまったりしてしまう。角内から2年遅れて松濤倶楽部にやって来た佐藤もまた、やはり角内と同じくらいのキャリアを重ねたころ、同じ悩みにぶち当たった。

「お客さまとどう接するか、お話するかは、今でもミーティングのテーマになることです。でも、そのときはなかなか解決の糸口が見つからない。マスターの児玉(亮治)やお客さまにそれを打ち明けてみたら『話の仕方を覚えるならば、寄席(落語)に行くのが一番だよ』と異口同音にいわれました」(角内)

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角内はジャパニーズクラフトジン「六」をベースにしたカクテル「ブドウのソルティドッグ オールドスタイル」(写真)を、佐藤はジン「ビーフィーター」でつくった「シンガポールスリング」をつくってくれた。どちらも伝統的なレシピに則っている。

寄席の場へ実際に赴き角内が見聞きしたものは、単に面白く表現されたストーリーだけではなかった。噺家は言葉だけでなく、表情や仕草をフル活用させ、さらに口を動かすことのない「間」も挟み込む。もちろん、それらは客の反応を見ながら行われるものだ。

「そもそもバーという空間はお酒を愉しむだけでなく、お客さまが自分と向かい合ったり、話をしたりするための空間でもあると思うんです。だから、扉も重くて閉ざされた空間になっているわけで......そこで、噺家さんの話を聞き、またそれまでの自分を振り返ったときに『独りよがりになっちゃいけないんだな』と痛感しました。彼らが寄席という空間をつくり1人ひとりのお客さまと向き合いながら話す姿を見ると、自分も同じようにしなければならないと思ったわけです」(角内)

「先ほども申し上げたように、私は角内以上に先走ってしまうところがありましたし、お酒を提供するときも同じようなきらいがありました。私の場合、ハードリカー(アルコール度数の強い蒸留酒)が好きなので、カクテルをつくるときもパンチが強いつくり方になってしまっていたんです。あるお客さまにそれを指摘いただいてハッとしたのですが、こういうところでも独りよがりになっていたんですね」(佐藤)

そんな困難と向き合いつつも、バーテンダーになって初めて嬉しかったと感じたことは? と訊くと、2人とも「お客さまからご指名いただいてカクテルをつくったときです」と話す。

「『君のつくるジントニックを飲みたい』といわれたときは、感動しましたね。そのときは、正直にいえば出来は全然だめだったのですが、それでもお客さまは、味はどうでもいいんだ、君につくってもらいたかったんだと仰りまして......本当に嬉しかったです」(佐藤)

「中には、そういった味の評価の仕方が面白いお客さまもいらっしゃいます。『お前もようやく俺の味に合わせられるようになったな』『美味い、というのが悔しい』というように、わざと意地の悪いことを仰る(笑)。もちろん、私たちとしてはとても嬉しいことです」(角内)

■2人だからこそ、できることがある

角内は2年前から店長となり、佐藤は松濤倶楽部に来てから5年が経った。今では彼らより若いスタッフを引っ張る立場にもなり、それぞれのバーテンダーが店の顔となれるよう、研鑽を重ねている。

そして、2人は「マスターズドリームも、提供の仕方によってさまざまな『顔』を表現できるはずです」と、ある〝実験〟をしてくれた。松濤倶楽部では通常、空冷式のビールサーバー(冷蔵庫の中で樽ごと冷やす)を用いているが、瞬冷式(サーバー内の冷却装置でビールを冷やす)、氷冷式(サーバー内に氷を詰めビールを冷やす)のサーバーもこのインタビューの日だけ特別に設置したので飲み比べてほしい、とすすめてくれたのだ。

「私たちも普段、こういうことはしないんですが、今こうして飲んでみると氷冷のマスターズドリームは意外と柔らかみがありますね」(角内)

「やはり瞬冷はよく冷えていて、気分が良いときにはぴったり合いそうです」(佐藤)

では、普段から松濤倶楽部の客が飲んでいる空冷式の最大の長所は、と訊くと次の答えが返ってくる。

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今回のマスターズドリームの〝飲み比べ〟は、松濤倶楽部のオーナー・児玉亮治の発案によるもの。取材当日は写真のように、オーナー自らがマスターズドリームを注いでくれた

「ビールサーバーというものは、樽に炭酸ガスを与えることで注ぐわけですが、空冷だと一般的なサーバーよりも低いガス圧でビールを注ぐことができます。当然、炭酸ガスがビールに溶け込む量が少なくなりますので、より自然な味わいが愉しめるんです。また、空冷でマスターズドリームを提供するお店はおそらくほとんどないと思いますので、ぜひ当店のサーバーから注いだ味わいをお試しいただきたいですね」(角内)

松濤倶楽部が約30年の歴史の中でさまざまな客によって育まれてきたように、若い角内と佐藤の2人もこれからさらなる成長を得るはずだ。2人は未来を、どう考えているのだろうか?

「角内はカクテルやシガーが得意分野で、私はウイスキーなどへの知識欲が高い。ここでも対照的な私たちですが、だからこそ『このウイスキーに合うシガーはどれなの?』といったお客さまの疑問にも2人で解決できると思っています。そういう長所を伸ばしていきたいですね」(佐藤)

「それに、松濤倶楽部はお酒だけじゃなく、ダイスゲームやカード、バックギャモンなどの遊びもできます。単にお酒を飲む場所というだけでなく、『大人の遊び場』とお客さまに捉えていただけたら嬉しいですね。そこでは、お客さまや先輩バーテンダーにどれだけこっぴどく叱られても、へこたれない2人の若者がお相手しますから(笑)。バーなんて来たことない、というお客さまもきっと愉しんでいただけると思います」(角内)

じっくりと話のできる空間も、酒以外の愉しみ方も提供する――渋谷の街全体と同様に、ここ松濤倶楽部もさまざまな「顔」を見せる場所だった。

(文中敬称略)

〈酒場に訊く!〉

スマートな大人たちが集う酒場だから、「カッコよく飲みたい」「こんなことしたら恥ずかしい?」などといった願いや疑問が浮かぶはず。そんな読者の思いを酒場の〝中の人〟にぶつけてみた。

Q スマートな酔い方ってありますか?

バーテンダー・角内昂成
やっぱりカウンターでうつ伏せになるなどは良くないと思いますが......ただ、当店のマスターからは「酒飲みには、プロとアマチュアがいる」とよく教えられるんです。プロの酒飲みとはいろいろなお酒を知っているというのではなく、すごく酔っているように見えるのに筋の通った会話ができていて、お会計もきちんとして、もちろん店内で吐いたりしない。若い奴がそうなるには背伸びが必要だ! といわれていますので(笑)、質問者さんも私と同年代なら、自分を律しつつもいろいろなお酒や飲み方にチャレンジすると、最終的にスマートな飲み方ができるようになると思いますよ。

Q マスターズドリームの適温、泡の調整、使うグラスなどはどうしたらいいでしょう?

バーテンダー・角内昂成
当店をはじめバーで提供するマスターズドリームの温度は5度、泡は粗い部分を捨てていって細かな泡を残しています。ご自宅だとここまでこだわるのは難しいかもしれませんが、瓶とグラスを少し離して注ぐことでビールが空気とが触れあい、美味しく飲めることでしょう。また、大きめのワイングラスで飲むと香りがより愉しめます。姉妹店の「木下家(こかげ/東京・赤坂)」では、ザ・プレミアム・モルツ〈香るエール〉をワイングラスで提供しており、ご好評いただいているんですよ。

Q 今度、初めて1人でバーに行こうと思います。友人などとは今までも行くことがありましたが、1人で行くならばこれまで飲んだことのあるものを挙げて「それ以外で」という注文の仕方はOKでしょうか?

バーテンダー・角内昂成
そこまで考えてくださって、ありがたいです。私たちもそういったご注文に対応させていただくのはとても愉しい時間ですし、やりがいを感じます。

〈店舗情報〉

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松濤倶楽部
東京都渋谷区宇田川町37−12 眞砂ビル B1
TEL 03-3465-1932
営業時間 月~金 18:00~翌2:00
     土・日・祝 17:00~0:00

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