あの酒場に訊け!

師匠と客から「白いジャケット」を着せてもらった日――銀座・Bar三石

2017年5月 9日

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「悩みがあれば教会へ行け、それで解決しないのならバーへ行け」。人生の中で迷いがあったとき、助けになってくれる場を示す、格言である。たしかに、バーテンダーはその時々の気分や状況に合わせた酒を教えてくれるだけでなく、客が持つ日々の喜怒哀楽の感情を、共に分かち合ってくれる存在でもある。バーに立つ人々にお酒の愉しみ方や思いを訊く連載 「あの酒場に訊け!」。第1回は、東京・銀座「Bar三石」オーナーの三石剛志に聞いた。

東京大空襲にも耐え抜いた校舎が建つ泰明小学校、2017年に一度営業を終え生まれ変わる予定のソニービル、そして若い男女も行き交うコリドー街----Bar三石が立地する銀座6丁目4番地は、"古き良き"と"新しき"のグラデーションが映るスポットに囲まれる。そんな話題を持ち出すと、三石剛志は「伝統って、バトンをつないでいくことで育つと思うんです」と、自分の修行時代から話してくれた。

「若い頃は、銀座と聞いても『大したことないだろう』としか思わなかった。調子に乗っていましたね」

三石は、そう言って、笑う。彼が最初にカウンターの中に立った地は、名古屋。愛知県内の大学を中退後、複数のバーを経営する企業に入社している。まもなく店長となり、さらに新規店舗の立ち上げも任せられて自信を得た三石は、26歳のとき、銀座の名店「ル・ヴェール」の門を叩く。

しかし、そこで待っていたのは"銀座の洗礼"だった。

「名古屋にいたときは、僕のカクテルは、結構、評判を得ていました。でも、ル・ヴェールで、初めてお客様にカクテルを出したとき、不味いと言われてしまったんです。最初は『そんなはずはない』と思いましたよ」

まもなくしてル・ヴェールのオーナーである佐藤謙一がつくったカクテルを飲む機会を得る。

「めちゃくちゃ美味しかったんですよ。それで、思ったんです。『自分は、カクテルの〈カ〉の字も知らなかった』と。一方で、お客様には認めてもらいたい。そのために、なんとか師匠である佐藤の味に追いつき、いつか追い越してやろうと心に決めたんです」

その決意は、生半可なものではなく、在籍中に2度、カクテルコンペティションで優勝するなど、結果も出している。

「今、僕は白いジャケットを着ていますが、ル・ヴェールでこれを着れたら1人前だと思っていました。だけど、『カクテルコンペで優勝できたからって、簡単に着れると思うなよ』と、師匠から言われてしまって(笑)。その後、師匠の決めた4人のお客様に認められるのが、ジャケットを着るための条件になったんです」

■「4人の客」から授かった蝶ネクタイと絆

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(Bar三石で使うバースプーンは柄の部分が直線になっている(通常はステアしやすいよう、ツイスト状)。三石の師匠、佐藤謙一が考案したものだ。)

その4人というのが、いずれも曲者だった。

三石に対して、注文すらしてくれない、そもそもオーナーの佐藤しか認めていない客。カクテルを少ししか口にせず、カウンターに飲みかけのグラスを並べていく客。ひたすら飲み続け、感想を言わない無口な客。「シェイキングが多い」などと、事細かに注文をつける客。

全員を納得させるには、技術を向上させるしかない----三石は、そう思った。

「だけど、師匠は技術に関して、何も教えてくれないんです。『見ればわかるだろ』と言うだけ。だから、必至に腕を上げようと、ずっとカクテルについて考え、そしてつくる、ということを続けていました。ただ......」

1番大切なのは技術ではなかった、と三石は言う。

佐藤から厳しく躾けられたのが、技術よりもバーテンダーとしての心構えだった。足を擦りながら歩く癖があった三石に「うるさい」と叱り、Tシャツ姿で出勤してきたら「そんな格好で出てくるな」とまた叱る。

「バーテンダーという仕事は、どれだけお客様のことを思うかが大切。若い頃の僕の行動は、それが欠けていました」

意識が変わってからの三石は、そうした心持ちや所作、そして客とのふれあい方に気をつけるようになる。すると、カクテルづくりも変わった。以前は、いつも同じ分量、同じつくり方になるようにしていたが、観察した客の様子から個々人に合わせるようになった。

佐藤が指定した4人の客も、意識の変化を感じ取った。

「それ以前は、4人のお客様からサイドカーの注文を受けたとしても、美味しいと言ってくれるのは1人だけ、という状況が続いていました。でも、相手に合わせてつくるようになると、だんだんと2人、3人......と認めてくれるようになってきたんです」

そして、三石が「1人前」と認められる日がやって来た。

「4人が、どんどんと集まってくるんです。閉店の時間が近づくと、師匠もそのお客様たちと一緒にカウンターで飲んでいました。すると、4人のうちの1人が『三石君に、そろそろジャケット着せてあげていいんじゃない』と言って......驚きましたね」

そこで佐藤は、「奥に俺のジャケットがあるから、着てこい」とだけ、言った。三石は、初めて白いジャケットに袖を通した。

「師匠はがたいのいい人なんで、僕がジャケットを着たらぶかぶかでしたけど(笑)。4人のお客様は、お祝いしてくれたのとともに、蝶ネクタイをプレゼントしてくださったんです。嬉しかったですね」

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三石のシェイクは、師匠の佐藤と同じ「ローリングシェイク」というスタイルを取る。「『帝国スタイル』と呼ばれることもありますが、師匠によると帝国ホテルを退職した後にローリングシェイクを始めたそうです」と、成り立ちも教えてくれた。

師匠と4人の客による厳しい修行を、こう振り返る。

「蝶ネクタイが渡されたとき、お客様から『孫悟空の頭の輪と一緒で、ちゃんとしなかったら、どんどん締まっていくからな』って言われたんです。厳しい言葉ですけど、心が通じた気がしました。お客様ときちんと向き合えば、絆ができると、教えてもらえた修行でしたね」

その後しばらくした2010年10月、三石は「Bar三石」をオープン。独立しても、師匠・佐藤との関係は変わっていない。現在は秋田にあるル・ヴェールの常連客が銀座の三石の下を訪ねてくることがあるし、三石もまた、時折、佐藤と顔を合わせ、以前は教えてくれなかった「技術」も話題に上るようになった。

「師匠とは、距離が離れても、心は離れません」----客との向き合い方も、ル・ヴェールで学んだことを守る。

■お酒は知らなくても大丈夫。でもオシャレして、余韻を楽しんでほしい

先の話で挙がった4人の客は、バーやカクテルをこよなく愛する人物なのだと、話を聞くだけで浮かび上がってくる。だが、「カクテルやお酒に詳しくないと、バーに来てはいけないということではありませんよ」と三石は続ける。

「たとえば、一生懸命お酒を覚えてうんちくを語っていると、ときどきボロが出ちゃう。それよりも『カクテルは全然知らないんです』『こういうお店に来たかっただけなんです』といったお客様の方が、等身大のご自分を出されているわけなので、素敵に見えるんですね」

また、バーテンダーの立場としても飲み方や作法などを押しつけるようなことは決してしないとも話す。だから「何も知らなくていいので、まずはバーのドアを開けてみてください」と、気軽な気持ちでバーを訪れた方が良いことを断言する。

ただ、「できる限り『お洒落』だけはしてほしい」ともいう。サンダル履きやハーフパンツはお断り、服は襟付きのシャツである方が良い。これは押しつけではなく、三石からの「おすすめ」だ。

「『バーはきちんとした服装で来られるお客様が多いので、お洒落な姿でいる方が楽しめますよ』ということなんです。スーツを新調したら、安く飲めるお店よりも、せっかくだからバーで飲もうというお客様は多くいらっしゃいますし、私もそのお気持ちに応えたい。だから、初めて来られる場合もお洒落して来られた方が良いと思いますよ」

気軽に、でも、お洒落に――そんなバーに吸い寄せられる者たちを表すかのようなカクテルを、三石はつくってくれた。

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通常のカンパリソーダは、リキュール「カンパリ」とソーダをビルド(特にシェイクやステアなどをせず、複数の材料を混ぜる)したもの。しかし「男のカンパリソーダ」は、これにジンを加えステアする。

「これは『男のカンパリソーダ』(笑)。普通のカンパリソーダって、女性が好むカクテルというイメージもあるかもしれません。あれはあれで、ベーシックなものとして良いですが、こちらはジンを加えています。だから、見た目は鮮やかで、なおかつ、飲み応えもあるんですよ。ちなみに命名者は、私の先輩です(笑)」

また、「もし、お疲れのようだと感じられるお客様がいらしたら、出すものです」と、三石はショートカクテルをつくった。

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ダークラムのブルガルとレモンジュース、シュガーでつくられたカクテル「ブラックダイキリ」。通常のダイキリはホワイトラム(透明のラム)を使うのに対し、こちらは熟成させたダークラムを使っているため「ブラックダイキリ」となる。

「こちらは『ブラックダイキリ』。ベースになっているのは『ブルガル』というラムです。なぜ、疲れている方に出すかというと、ラムの語源は"rumbullion(ランバリオン)"から来ているといわれていて、これは興奮を意味するんですね。だから、強壮剤のような意味合いで、疲れているときに元気になって欲しいという思いを込めて、お出ししているんです」

また、バーで飲むビールについて、三石は次のように語る。

「人が集まって飲むときは、最初に『とりあえずビール』と皆さんで飲まれますよね。ただ、バーだとやはり1人でいらっしゃるお客様が多いので、できるだけ長く愉しめるビールの方が向いていると思います。なので、私も店で提供するのは余韻のあるマスターズドリームにしているのですが、お客様にも普段の『とりあえずビール』とは違う心持ちで飲んでみると、新たなビールの愉しみ方を見つけられるんじゃないでしょうか」

■バーテンダーは「伝統」を紡ぐ

自身の軌跡と、バーでの愉しみ方を教えてくれた三石。最後に、この店でこれからやりたいと考えていることは? と聞くと「人を育てることです。師匠の佐藤には、本当にお世話になりましたが、その恩は後輩に返したい」と答えてくれた。

「伝統とは、バトンを継がれて育まれていくもの。今回は『MASTER'S DREAM Magazine』の記事ということですが、ビールのマスターズドリームも一日にして成ったものではなく、モルツ、ザ・プレミアム・モルツと受け継がれてできた『伝統』。バーテンダーもそれは同じだと思います。人もお酒も、バトンをつなぎ続けていくと、1つの伝統となり、飲む人、お客様も愉しんでくれるんです」

かつて、修行で叩き込まれたバーテンダーの心意気を、今度は三石が後輩に伝える番になった。

(文中敬称略)

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〈店舗情報〉

Bar三石
東京都中央区銀座6-4-17 銀座井出ビル4階
TEL 03-3572-8401
営業時間 17:00~2:00 (土曜日23:00まで)
定休日:日曜・祝祭日

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